1989 〜 1990 年頃にアメリカの大統領が「次世紀は脳の世紀」と発言して以来、脳・認知科学はアメリカの科学技術予算の最重点項目のひとつとなった。日本でも、文部省、科学技術庁などを中心とする官公庁と産業界とが一体となって、大型予算による脳の重点化研究が推進されている。またフランシス・クリックや利根川進らをはじめ、ノーベル賞受賞者の相次ぐ脳研究への参入も、千年紀の変わり目を目前に、科学の過去と将来を占ううえで象徴的な出来事といえる。科学者は、国家は、そして人々は何故に今、脳にここまでの関心を払うのだろう。「宇宙を別とすれば、脳は自然科学の最後の謎であり、チャレンジである。」そういう認識も、確かに関与していようが、しかしそれ以上に、「これからは脳と心の研究が、実社会と実生活にインパクトをもたらす」という直感が潜んでいるようだ。この直感は、たぶん正しい。そこで、ここでは、脳・認知科学の立場から、その最前線の方法と論理を紹介し、未来の方向を占う。それとともに、その成果が時代の人間観、文明観とどのように切り結び、私たちの実生活にどのような影響を及ぼすのかを考えてみたい。その為の例として、ヒューマンエラーは防げるか、マインドコントロールは可能か、、メディアはこどもを変えるか、人工とは何か自然とは何か、文明の発展とは何か、生物学的決定論と物質的改造主義、等々の問題を取り上げることになるだろう。